1. 紙の発明(Invention of paper)
古代中国の四大発明として、紙、印刷、火薬、羅針盤があります。現存する世界最古の紙は1986年に発見された放馬灘紙(ほうばたんし)とされており、中国甘粛省天水市北道区放馬灘にある紀元前180-141年頃と推定される前漢時代の古墳で発見されました。この紙は麻の繊維で作られており、麻織物の破布を原料としたと考えられています。
製紙技術に関する最古の記録は、後漢時代の史書「後漢書」に記されています。後漢書の蔡倫伝には、西暦105年に蔡倫が紙の原料として麻、破布、漁網の他に樹皮を用いたことが記されています。樹皮は、木本性靭皮利用植物のカジノキと考えられています。
2. シルクロード(Silk road)
中国の歴代王朝は紙の製法を秘密にしていました。同じく中国で紀元前3,000年頃に製造され始めたとされる絹(silk)についても、その製法は秘密とされていました。
シルクロード(Silk road)は、中国から中央アジア、ヨーロッパに渡る国々を結んだユーラシア大陸の交易路です。中国でしか製造できなかった紙と絹はどちらも貴重でしたが、危険を冒して運搬する交易品としては、絹の方が交換価値が高かったと考えられています1)。
3. 製紙技術の西方への伝播(Spread of papermaking technology to the west)
中国で秘密にされていた製紙技術は、やがて中央アジアに伝わります(Fig. 1)。しかし、紀元前2世紀には発明されていた製法が、ユーラシア大陸西方に伝わるのには何百年もの歳月を必要としました。
製紙技術が中央アジアに伝わった経緯に関しては、唐(中国)軍とイスラム軍が戦ったタラスの戦い(751年)におけるエピソードが有名です。この戦いで敗れた唐兵の捕虜に紙漉き職人が含まれていて、サマルカンド(Samarkand)に技術が伝わったというものです。このエピソードの真偽は定かではありませんが、イスラム圏に伝えられた製紙技術は、中東のバグダッド(Bagdad)、ダマスカス(Damascus)へと広がります。
10世紀にはエジプトで紙が製造され、書写材料が紀元前3,000年から使用されていたパピルス(Papyrus)から紙に置き替わります。さらに、イスラム圏を通じて北アフリカに広がった製紙技術は、11世紀頃にヨーロッパに伝わりました2)。
4. 製紙技術の日本への伝播(Spread of papermaking technology to Japan)
東方に位置する日本へは、朝鮮半島を経由して製紙技術が伝えられたとされています(Fig. 1)。日本最古の製紙に関する記録として、日本書紀に610年に来日した高句麗の僧が製紙技術を有していたことが記されています。実際には、もっと以前に大陸との交流の中で製紙技術が伝わっていたと考えられています。
温暖で雨量の多い日本には、多様な植物が豊富に生育しています。日本に伝えられた製紙技術は、それらの植物資源を利用して1200年以上の間独自の和紙製造技術として発展しました。日本が武家時代を終えて明治時代(1986-1912年)を迎えた時には、さまざまな種類の和紙が生活の中で広く使用されていました。
5. 世界的な製紙技術の循環(Worldwide circulation of papermaking technology)
18世紀後半にイギリスで産業革命が起こり、19世紀中頃にはドイツで木材のパルプ化方法が発明されます。欧米では機械工業、化学工業を利用した近代的製紙産業が発展し、紙の大量生産が可能となりました。その後、近代的製紙産業は世界に広がります。日本にも明治初期に近代的製紙技術が積極的に導入され、紙幣製造においては伝統的な和紙の技術と西洋の近代的技術との融合が図られました3)。
製紙技術は、二千年以上に渡り世界の国々を経由して発展した歴史を有しています。現代に生きる我々世代は、環境問題、持続可能性、デジタル技術との共存などの世界的課題を有しています。これらの課題に向き合うために今後もワールドワイドな技術循環が期待されます。
1)陳舜臣:紙の道,読売新聞社(1994)
2)飯田清昭: 製紙産業の技術開発史, 紙パ技協紙,69(4), 406(2015)
3)武藤直一: 渋沢栄一に至る紙幣製造の歴史(前編),紙パルプ技術タイムス,67(2),(2024)
1) Chen Shun chen: Paper road,Yomiuri Shinbunsha(1994)
2)Kiyoaki Iida: The History of Technological Developments in Pulp and Paper Industry, JAPAN TAPPI JOURNAL, 69(4), 406(2015)
3)Naoichi Muto: History of Manufacturing Technology for Japanese Currency That Will Feature the Portrait of Eiichi Shibusawa (Part 1) , Japanese Journal of Paper Technology, 67(2),(2024)