A. 三椏(みつまた)(Mitsumata)
 三椏(Edgeworthia papyrifera Sieb. et Zucc.)は、雁皮と同じジンチョウゲ科(Thymelaeaceae)の靭皮利用植物です(Photo. 1)。枝が3方向に分かれて成長する特徴があるため、見分けるのが容易です。通常1年で1回、3方向に枝分かれして、高さが1~2 m位に成長します。中国の中・南部からヒマラヤにかけて分布する植物ですが、日本に渡ってきた時期は不明です。
 靭皮部の表皮及び甘皮等を取り除いたものを白皮と呼びます。この白皮を蒸解してパルプ繊維が得られます。白皮のセルロース成分は43.3~56.0%です。その他の成分としては、リグニンが2.7~5.4%と少なく、ペクチンが8.6~14.8%と多く含まれることが特徴です1)。ペクチンはアルカリ溶液に溶けやすい性質を持っているため、木灰や石灰のような弱アルカリ性物質を用いて常圧でパルプ化可能です。

Photo. 1 三椏(Mitsumata)

B. 駿河半紙(Suruga Hanshi paper)
 和紙の代表的な原料として、楮、雁皮、三椏の3種類の靭皮繊維が知られていますが、この中で三椏は比較的新しい時期に普及した原料になります。楮と雁皮は、古くは702(大宝2)年の正倉院所蔵の和紙に繊維が確認されていますが、三椏の製紙原料としての使用が確認できる記録は、正倉院和紙から約900年後の1598(慶長3)年の徳川家康黒印状です2)。この黒印状には、現在の静岡県伊豆における三椏の伐採権と修善寺の紙漉きに関して記述されており、製紙原料として管理されていたことが記されています。
 三椏は江戸時代には富士山麓周辺で栽培が行われ、駿河半紙の原料とされていました。しかし、駿河半紙は外観が濃い褐色であったため、当時は等級の低い紙とされていました。駿河半紙の蒸解には石灰が用いられたとされており、蒸解薬品としてはアルカリ性が弱いため、得られるパルプの色相は濃い褐色でした。
 楮、雁皮、三椏の白皮を、それぞれ木灰で蒸解した場合のパルプの色相は、楮が白色、雁皮が淡卵黄色、三椏が濃い褐色です(Table 1)。

C. 近代化学工業の導入(Introduction of modern chemical industry)
 19世紀後半の日本では、産業の近代化を目指して欧米の科学技術が積極的に取り入れられました。そのため、ソーダ工業をはじめとして、各種工業薬品の製造体制が整えられました。
 印刷技術についても、精細な画線が印刷可能な西洋式印刷が取り入れられました。日本の伝統的な和紙の中では、西洋式印刷に適した用紙として雁皮紙が知られていましたが、雁皮は栽培が困難な植物なため量産できませんでした。
 そこで、西洋式印刷に適した用紙原料を求めて、雁皮と同じジンチョウゲ科に属する三椏のパルプ化方法に関する研究が行われました。その結果、蒸解薬品にアルカリ性の強いソーダ灰(Na2CO3)を用い、さらに漂白薬品に晒粉(次亜塩素酸カルシウム等が成分)を使用することによって、雁皮製の紙と色相が似た卵黄色の三椏紙(Photo. 2)の製造に成功しました3)。それ以降、三椏は長年に渡り、和紙の代表的な原料として紙幣用紙などに使用されています。

1)Research Institute of National Printing Bureau, Japan: Special Issue on Non-wood Pulp (1976)
2) Morimoto, M.: Kankyo no 21seiki ni Ikiru Himokuzai Shigen (Bring out Non-wood Fibres in the 21st century of the Environment), Unishuppan Co.(1999)
3)Research Institute of National Printing Bureau, Ministry of Finance: Mitsumata Paper (1959)