1. 雁皮(Gampi)
 雁皮はジンチョウゲ科(Thymelaeaceae)の落葉低木で、木本性の靭皮繊維利用植物です(Photo. 1)。東南アジアに分布し、2~3 mの高さに育ちます。学名はDiplomorpha sikokiana (Fr.et Sav) HondaまたはWikstroemia sikokiana Fr.et Savです。四国産の雁皮が最初に報告されたため、sikokianaの名称が含まれています。
 人工栽培が難しく、山野に自生する雁皮が製紙原料として採取されます。得られる紙は、強度と耐久性が高く、光沢があり色は卵黄色です。繊維長は3mm~5mmと楮と比較すると短いです。
 日本では楮と同じく古くから製紙原料として使用され、正倉院に現存する702(大宝2)年の豊前の戸籍断簡に雁皮繊維が確認されています。雁皮製の紙は、色が鳥の卵に似ていることから、「鳥の子紙」の名称が付けられ、江戸時代の百科事典「和漢三才図絵」に紙の王として紹介された高級紙です。

Photo.1 雁皮(Gampi)

2. 雁皮のパルプ化 (Pulping of Gampi)
 樹皮から表皮と甘皮等を取り除いて得られる白皮を蒸解(パルプ化)して製紙用パルプが製造されます。化学工業が普及する前は、弱アルカリ性を有する木灰または石灰が蒸解に用いられていました。楮の白皮を木灰で蒸解して得られるパルプは白色ですが、雁皮の白皮からは卵黄色のパルプが得られます。
 927(延長5)年に編集された延喜式図書寮によると、蒸煮等の生産効率が高い和紙原料であったことが分かります。

3. 雁皮と和紙紙料の分散性 (Gampi and the dispersibility of Washi fibre)
 手漉和紙製造に特有なシート形成方法に流漉(ながしずき)法があります。流漉手法は、一般的な溜漉(ためずき)手法と異なり、網上で紙料を流動させながら脱水することによってシートが形成されます。
 流漉を行うためには、紙料に「ねり」を添加して繊維の分散性高くします。ねりは、黄蜀葵(とろろあおい)(Abelmoschus manihot)の根などから採取される粘液です。ねりを加えることによって繊維の分散性が向上し、楮のような長い繊維を使用した場合でも、地合いの良い美しく強度の高い和紙の製造が可能となります。
 黄蜀葵の根にはウロン酸を含んだ多糖類が多く含まれますが、雁皮繊維もウロン酸を有するヘミセルロースを多く含み1)、水中での分散性が高いことが特徴です。
 東大寺正倉院に保管されている古代の和紙を調査した結果、雁皮繊維の混合割合の多い紙ほど地合いが均整していることが分かっています。そのため、ねりを使用した和紙特有の流漉手法の発展には、雁皮繊維との関連が推測されています2)

1) Seishi Machida, Sadanori Nishikori, Bulletin of the Chemical Society of Japan, 31, 1021(1958)
2) 町田誠之:和紙の道しるべ その歴史と化学 (2000)

(English translation)
  Nagashizuki is a unique handmade sheet forming method of Washi. Nagashizuki is different from Tamezuki that is a typical handmade sheet forming method. In Nagashizuki method, sheet is formed at the same time as its paper stock is flowing on the screen for dewatering.
  In Nagashizuki method, the addition of Neri to the fibre stock is very important to increase the dispersibility of fibres. Neri is a mucilage of plant such as the root of Troroaoi(Abelmoschus manihot). Long fibres such as Kozo also increase the dispersibility of fibres by Neri, and the sheet made by Nagashizuki method is beautiful and has high strength.
  The root of Troroaoi contains a lot of uronic acid. Gampi fibre also contains a lot of hemi-cellulose with uronic acid 1), and Gampi fibres have high dispersibility in water. From the research of old Washi paper kept in the Shosoin Repository in the temple Todaiji, it was found that the papers that were mixed with Gampi fibres have better formation. It is presumed that the use of Gampi fiber had related to the development of Nagashizuki method of Washi 2).

1) Seishi Machida, Sadanori Nishikori, Bulletin of the Chemical Society of Japan, 31, 1021(1958)
2) Seishi Machida: The milestone of Washi -Its history and chemistry- (2000)

4. 最初の西洋式国産紙幣原料
 江戸時代の藩札用紙原料は楮が主体でしたが、明治新政府が近代的紙幣の発行を目指した際には、偽造防止性能に優れる西洋式印刷技術が必要でした。楮紙は筆墨に適した紙でしたが、精細な模様を印刷する西洋式印刷には適さないとされていました。
 現在は印刷適性を向上させる各種の加工技術がありますが、当時の国内製紙産業はすべて家内工業的な手漉和紙でした。明治初期は各産業で欧米の技術者を雇い入れて近代化が図られていますが、紙幣用紙に関しては伝統的な和紙の技術を基盤に開発が進められました。その結果、雁皮紙は強度と耐久性に優れると同時に西洋式印刷に適していることが分かり、最初の西洋式国産紙幣の原料に採用されました。この時の紙幣用紙の卵黄色の色相は、現在の日本銀行券用紙にも引き継がれています。
 その後、雁皮は人工栽培が難しく安定した原料調達が困難であったため、三椏に置き替わります。